徳島の自家焙煎コーヒー/珈琲豆販売 | カフェケストナー


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世界最大のコーヒー生産地のブラジルにコーヒーが伝播したのは、各国より遅い1717年のことでした。

この年、フランス領ギアナとブラジル領アマパ地帯との境界問題の紛争解決のために、パルヘタ少佐が特使として派遣されました。

フランス領ギアナは、スペイン、フランス、オランダ、さらにはフランスが占領するなど数度の戦乱のために、ブラジルとの境界標が不明となったのです。
パルヘタ少佐は、その実地調査と交渉に赴いたのです。

実はこのとき、パルヘタ少佐はもうひとつの目論みである、コーヒーの国外流出を防止していたギアナから、苗木を持ち出せという使命をも担っていたのです。


ギアナの総監邸を訪れたパルヘタは、境界線の交渉の他、滞在中何度か晩餐会にも招かれ、その誠実な人柄により、多くの高官夫人にも好かれました。

特に総監夫人が彼に好意を寄せ、ある日珍重なギアナ産のコーヒーをふるまったのでした。


その風味の良さにパルヘタはおおいによろこび、最大級の賛辞を総監夫人に呈したのでした。


そして、何度かコーヒーをごちそうになったある日、彼は意を決して自分に課せられた使命

---コーヒーの苗木搬出の任務を夫人に打ち明け、協力を請いました。


まもなく国境紛争についての調停が成立し、総監による別れの晩餐会が華々しく盛大に催される日を迎えました。

会場を埋めた多くの賓客の拍手を浴びて、別れを惜しみつつ、総監夫人から少佐に翁花束が贈呈されたのですが、夫人がパルヘタへささやくように

「この花束の中にあるコーヒーを持ち帰りになって、召し上がって下さい」

と言ったのに気づくものはいませんでした。



こうしてパルヘタは千粒あまりのコーヒーの種子と五本の苗木を持ち帰って、ブラジルをして世界のコーヒー大陸たらしめる元をつくったのでした。


総監夫人がふるまったそのコーヒーは「アラビカ種」であると思われます。


今ブラジルはあ、一部の地域では機械化が進み、コーヒーの実を収穫するのに機会化もなされています。
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